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第2話 門の錠

  • 執筆者の写真: 旧川 禅
    旧川 禅
  • 2025年11月16日
  • 読了時間: 15分

更新日:2025年12月21日

 日本国、その地の奥深く。底のまた底、『帝國陸軍第十三号坑道』にて。

 若山との邂逅を果たし、用が済んだ機動殲滅部隊『旭』の隊員たちは、暗闇をものともせず地の底へと足を運んでいく。未だに古い軍の標語や錆びたプレートが散見される坑道の狭い通路には、じめっとした空気が漂っており、微かに鉄と油、それから埃っぽい混凝土の匂いが、鼻をくすぐるばかりである。常人ならば考えられない、懐中電灯すら持たずして勝手知ったるように、灯り一つ無い坑道の階段を歩ける様子は、彼らが人間とはかけ離れた視力を持っていることの証明である。通常、人の目というものは、明るい場所から暗い場所に移った際は凡そ三十分かけて網膜の細胞が暗順応し、ようやっと暗がりでも目が効くようになるのだが、彼ら死喰兵には目が暗順応を始めてから終える時間など存在しない。暗がりに入った瞬間、その目は即座にその闇に順応するのである。そんな非人間的存在が無駄な雑音一つ立てず、速やかに目的地へ向かう姿は、まるで一個兵団の行軍とすら思えた。

 しかしながら、目的地の圏内に入れば雑談程度の脱力は許されるのだろうか、日向がひっそりと閣下に駄弁ってくるのを、閣下自身はすんなり受け入れている。だがその貼り付けたような微笑に対しては、閣下はその口角を容易に、ましてや自然に上げることはしない。彼は日向のその虚勢とも言える微笑みが気に障るのか、はたまた何か気掛かりなことがあるのか、一度たりとも認め、称えたことも無い。それを知ってか知らずか、日向は声だけはたっぷり愛嬌と天真爛漫さとを含ませながら話を続ける。


「若山内閣総理大臣――お若い方でしたね。しかも愛國者。何年ぶりになるのかな」

「実に……五十年ぶりだろう。先代のあの小僧は出来が悪かったから短命で終わったが――今回の若山とやらもあの体たらくだ。期待はできん」

「また。すぐ、そうやって閣下は……でもいいなあ、嬉しいなあ。今度こそ自國を一番に考えてくれる人に内閣総理大臣を担って頂けるのは」


 うふふ、と笑って見せる日向に、閣下が容赦無く『何がうふふだ、この腑抜け』と詰ろうとしたのを遮るように、真っ暗な坑道を歩く七人組の最後尾にいた、(閣下ほどとはいえないが)大柄な方で、全身の筋肉が発達している、身体の横幅が凡庸な男性二名分はありそうなまでに、屈強な、まさしく太い木のような朴念仁然とした男――伍號が、天井から落ちる冷たい雫が肩を無造作に濡らしても、特に気に留める様子もなく、抑揚のあまり感じられない声で言葉を発して制した。

 

「いいものか、御國の顔が、あんな腑抜けで。お前は腑抜けでいいけれども、総理がそれは、いかん」

「なッ。 そこまで腑抜けではありません!」

「否。お前は、腑抜けである。閣下がいつも言っておられる通りに。腑抜けどもでは、帝國には戻れぬ」

「ぐぬぬ……」


 悔しげに唸る日向の表情には、最早先ほどまでの、化物めいた笑顔は無い。外見相応の少女らしい、悔しさに支配され、歯を食いしばるあどけない表情があるのみだった。その様子に安堵したのか、伍號は満足げに閉口する。伍號は、閣下が日向の、化物めいた歪な、それでいて美しくも陰のある微笑を見るたびに、彼が微かに苛立ちを感じていることを薄らと察していたのだ。だから、日向がそのミステリアスな怪物的微笑を、閣下に向かって浮かべるたびに、率先して二人の間に割って入っていた。しかし、『旭』の死喰兵たちの中ではやや鈍感な方である伍號には、閣下のその心の全てを推し量ることはできない。彼が、日向のあの微笑みを嫌う理由も、それを向けられれば冷酷に詰り、崩そうとする理由さえ、皆目見当はつかない。だが、そんな二人の仲が少しでも良いままであれるように、否むしろもっと良くなるようにと願ってやる程度の、同胞に対する健気なまでの情け深さは持っていたので、平常そうしていたのである。当の本人らが、伍號の内情を察しているかどうかは窺い知れないものであるが。


「そうそう。すぐに首を取られそうでしたねェ、若山殿。我々なら簡単に出来ると思うけれど。腑抜けちゃんには、無理かしら。無理だから、仲良しさんにはなれるかもしれませんわァ」

「そうだ、貴様が油断させた上でやっちまおう。それならできるかも知れんぜ、腑抜け!」

「腑抜けでは、ありませんて」


 さながら唸るのみの子犬のようになった日向の様子を面白おかしく思ったのか、可愛がるように猫撫で声をかけたのは、女性に扮した風采を取る男・肆號と、ただひたすらに日向という、年下の、末っ子然とした小娘をおちょくるのを好む、粗野で意地悪な、傷のある顔を持つ男・参號である。この二人は性格こそ正反対で軽口を叩き合っては頻繁に言い合いになる関係であれど、日向を揶揄うときに至っては意気投合と言った様子で、兄妹か姉弟のように彼女を揶揄っては、その無垢な少女然とした、化物の微笑などではないありのままの自分を見せる日向を面白がっていた。


「ははは。腑抜けの部下はまだしもね。流石に、腑抜けの総理は認められませんな、閣下」

「……右に同じく。あれなら始末した方が良い」


 四人が児戯のようなやり取りをしているのを笑いながらも、若山総理に対しては死喰兵として非情な判断を下せる白髪の将校二名は、それぞれ、丈の短い外套を羽織る青年将校の姿をした饒舌な男が弐號であり、常に雨外套に鉄帽を被るという奇特な格好をした、口数の少ない寡黙な男が壱號という。二人は閣下が特別多く小言を言わんとする日向に興味がないというわけではなく、単純に閣下が“そうする”理由を知っているから、特段取り立てるつもりもないようだった。壱號と弐號は、閣下の生まれや育ち、その思想を知っている。知っているからこそ、閣下にとって日向が娘や妹同然の存在であることや、そのような関係性となった理由も容易に推測することが出来たのであって、二人に対しそれ相応の態度を取ることが出来た。無駄な詮索をしなければ、無駄に一線を引くこともなく、無駄に気遣いをすることも無い。強いて言うところとすれば、参號や肆號、伍號が直接的にちょっかいをかける分の精算として、壱號と弐號はただ静かに、これ以上日向が腑抜けと言われ、虚勢を張る癖が染み付かぬようにと、自分たちの研ぐに研いだ刃とも言えよう、突出した狙撃技術や白兵戦術を教え込んでやるだけである。その甲斐もあってかこの壱號と弐號は閣下から大きく信頼を寄せられ、閣下より直々に日向の訓練を任せられるに至ったのだった。

 だからか、閣下が壱號と弐號に呆れたり、譴責や体罰を行うことは殆ど無かった。この二人の言うことならばと、多少主観が強いだとか、自身の信条とは異なる――俗に言う甘ったれの意見だったとしても耳を傾け、自身の判断や発言を省みては、必要ならば詫びることもあった。これは閣下が贔屓しているというわけではなく、単純に参號、肆號、伍號の閣下や日向に対する接し方が、閣下の厳粛たる憂慮を煽るばかりと言った方が正しい。この三名は、壱號と弐號に比べるとあまりに忠実過ぎて、閣下が右といえば右、左と言えば左なのだと言わんばかりの妄信具合だったのである。それが、部下に対して“だけは”『人であり、兵器であれ』と諭す閣下の方針とは悉く合わなかった。恐らくこの三名が閣下からの真の信頼を勝ち取るには、まだ時間がかかることは想像に容易い。

 

「そうだ、認められん。認められんが"我々"の統率者であることには変わりない。それに、あれは腑抜けの王様だ。しかし我々には――この血に狂った死体漁り共にはちょうど良い。腑抜けの王様が良い。腑抜けだから、我らのような化け物に頼り、縋り付いてくるのだ。勤めを大いに果たそう。彼の号令無くして、我々が我々である為に必要な『朝日』は拝めぬ。くれぐれも気を引き締めろ、我々が何の為にあるのか今一度思い出しておけ」

 

 足を止め振り向くなり、まるで壱號と弐號の言に応じるかのように――自身の後を歩く六名に向かって、閣下はそう言い放つ。その言葉はまるで、若山という自分たちの主にも等しい存在に対する、一種の叛逆ともいえよう意思の表れであった。自身らをあくまでも帝国主義の産物と定義し、半端者たる若山とは決して相容れることはないのだと檄を飛ばすその姿は、まさしく罪業の権化、極楽へさえ進軍し、安養浄土を踏み荒らす、あらゆる世界を焦土にせんとする波旬大魔王のような有様である。

 

「はっ、閣下」


 そんな彼に、どこまでも忠実に応えて見せるのが六人であった。閣下は彼らの返事を聞くなり、その意思を肯定するかのように頷き、再び歩みを再開させた。その硬質な規則正しい足音は、六人を心酔させるには丁度良い程に美しく、雄弁であった。

 狭く息苦しい坑道の中をさらに歩いていくと、仄かな灯りが辺りを照らす、中心部に辿り着く。漠然と広い、ぽかりと口を開けたような洞窟内に、古びた桟橋が続いていた。ここへきてようやく灯りが坑道の空間を照らし、その大規模な構造を露わにし始める。桟橋の向こうには、半円形の巨大な鉄門が構えており、主人の帰還を待っているようにすら思えた。恭しく閣下の前に出てきて頭を下げてから、表面の錆びた鉄扉を押し開くのは、怪力に長けた伍號の役目である。閣下はその役目が果たされ、扉の向こうに広がる広大な『本部』の通路に異状がないのを認めて「よし」と短く返すと、門の前に立って員数を確認するなり一言、彼らに労いの言葉を添えた。


「――おかえり、諸君。 本日もご苦労」


 その言葉は解散の合図であり、隊員たちはすっくと背筋を伸ばして、閣下の眼前で彼に向け敬礼をすると、『居住区画』へと帰っていく。

 そして、いつも最後に彼の目の前を横切るのは日向である。しかし閣下は、彼女が敬礼しながら自身に対しあのニヒリズムを帯びた微笑を向けたのを見るなり、普段大抵仏頂面を向けていたのとは打って変わって、この日はふっと小さく嘲笑してこう言った。


「虚仮威しか? 日向」


 日向が恥のあまり赤面したのは、言うまでもない。彼女は自分が腑抜けであると言うことを何よりもわかっていた。誰よりも理解していたからこそ、一種のコンプレックスとさえなっていたのである。それを隠すために得たのが化物めいた作り笑いだったのだ。日向はよく、白兵戦術における師として仰ぐ弐號の顔を見た。彼は何とも人懐こく、親切でおしゃべり好きな男なのだが、どこか相対する者に対して独特の威圧感というか、背筋を爪でなぞられたような気分にさせるおどろおどろしさをその笑顔に持っていた。その笑顔は彼自身に対する嘲笑を許すどころか、一切の驕りすら向けさせないものだったので、絶えず揶揄われてばかりだった日向は強く憧れたのである。日向はその笑顔が欲しかった。平常自分を腑抜けと詰り、必要以上に庇護しては、ものの分別もわからない子供にでも言うかのように、変わらず『人であり、兵器であれ』と説く閣下を見返してやりたかったのだ。実のところ日向は、閣下を好いている。それは父としてでも兄としてでもなく、一人の男に対して向ける恋慕の情なのだが、閣下は戦争で天涯孤独となった日向を引き取り一人の兵として育ててくれた立場であったから、到底叶うまじき思いである。だから日向は、せめて娘や妹ではなく一人の女として、隣に立てるものとして在ろうと、人一倍努力していたのだ。だが悲しいことに、日向は兵として未熟だった。化物になり切れず、人間の部分を大きく残したままの、出来損ないの死喰兵が彼女だった。人の心を残したままの彼女は、とりわけ優し過ぎた。唯一才能があると壱號に言われ狙撃兵となったのだが、女子供の的を撃つ際にどうしても判断が鈍り、あまつさえ外してしまう。これには流石の壱號もお手上げといった様子で、時が解決してくれるものだと説き始めさえしたものだから、日向は、自分は兵としての価値が全く無いのでは無いかとすら感じてしまうほどに、腰抜け兵であることを恥じ、何としてでもその情けないレッテルを剥がすべく躍起になっていたのである。それすらも見透かされたかのような嘲笑を、あろうことか心を寄せる相手に向けられたものだから、日向は気が気でなかった。閣下が自身の背後で鉄扉を閉める音を背にしながら耳まで赤くし、汗ばむ手を誤魔化すように右手で左腕を掴んで、自身の部屋へと逃げ込むので精一杯だった。


 自分の部屋に戻った日向は、鍵を閉めることも忘れてベッドに突っ伏した。

 帝國陸軍の罪滅ぼしとでも言うのだろうか、『帝國陸軍第十三号坑道』には、残される死喰兵たちの住まいとして、居住区画に加えて生活区画、訓練区画、史料保存区画、武装保管区画などが設けられている。その居住区画内に点在する部屋を、『旭』の隊員が自由に使っているのだ。かつて日向が閣下の養女として彼に保護されていた間、彼女の部屋は閣下の執務室のすぐ隣に構えていたのだが、軍人として独立をした際に何部屋か離れた場所に引っ越しを行なっている。日向の部屋はこぢんまりとした、洋風作りの高貴さがありながらも決して広くない部屋で、彼女自身訓練以外のことにそこまで夢中になることがなかったからか、部屋は少し焚琴煮鶴とした有様で、壁掛けの小棚の上に、所々が焦げた彼女の家族の写真が飾ってあるのと、せいぜい来賓用の小さなテーブルと一人がけのソファに、部屋の内装には合わない、質素なシングルベッドがあるのみだった。

 そのベッドの上にごろごろと無防備に転がったかと思うと、日向は枕に顔を埋め、思いの丈をぶつけるようにぶつぶつと愚痴をこぼしていった。完全に自分の世界に入ったまま、ノックの音にも気付かずである。

 

「私だって、努力しているのだけど。皆して、腑抜け腑抜けって。大体、閣下も皆も、見境が無さ過ぎる。何かあれば、すぐ撃てだの殺せだのと、野蛮にもほどがある。そのくせ、すぐ撤退しろ、お前には無理だって。私だって、成長したいのだけれど。このままでは本当に無能になってしまう。無能になったらどうしてくれるの! 腑抜け以下でしょう。閣下なんて特に、知ったようなそぶりで、あんなこと。 皆の馬鹿、野蛮人――んぎゃっ」


 日向がぶつくさ文句を垂れていると、彼女の気付かぬうちにぎいとドアが開いていた。入ってきたのは閣下だ。彼は、ドアを開けてすぐそこに設置されたベッドに突っ伏している彼女の頭を見つけるなり、即座に拳骨を落としてやった。ノックをしたにも関わらず出てこなければ、耳をすませばぶつくさ文句を垂れている――その無様さに業を煮やしたのである。一方の日向はというと、突如脳天にぶち込まれた痛みにもんどり打って仰向けになり、自身に痛みを与えた存在が誰かを探したと思いきや、面白いくらいに顔色を変えて口を開けた。


「か、……かっか」

「貴様の言う、野蛮人共に未だ救われる身で何を偉そうに、この腑抜け兵。相も変わらず貴様は、口だけは達者なお嬢さんのままだ、日向。弐號がやれ言いすぎだの、気にかけてやれだのとうるさいものだから来てみたが、尻を蹴り上げてやらねばわからんかったか」

「ご、ごっ、ごめんなさい……」

「駄目だ許さん。明日から貴様の訓練量を倍にする。一瞬の躊躇いなく子供の的を落とせるようになるまで続けろ。貴様自身が野蛮人になるまでな」

「、子供……」

「当たり前だこの馬鹿。私が食ってきた者の中には、爆弾を所持した子供に殺された間抜けも少なくなかった。野蛮でないから死んだんだ。子供も撃てねば話にならん。日向、貴様はその辺の判断が甘すぎる」

「……」


 冷酷と言っても過言では無い閣下の判断の数々に、日向は思わず口を噤んだ。日向は、彼が上官としては時として非道とすら思えるほどに厳正なのは理解しているし、その上で尊敬している。故に彼女が心を痛めたのは、自身の情けなさを閣下に見せたことに対してのものであり、それは恥よりも強い自責の念となっていた。

 日向が軍人を志望したのは、彼に言われたからでは無い。ただ純粋に、自身を育ててくれた閣下へ生涯をかけて恩返しをしたかったというのが、彼女の真意だ。しかし閣下は、親心にも近い愛情が芽生えていたのか、そんな日向の意志を解して尚、彼女が帝陸軍人を志すことになかなか首肯せず、ただ重たい沈黙を落としていた。日向は自身の志を打ち明けた際の、閣下の沈黙の重たさと物悲しさをしっかりと覚えている。そして、それに見ないふりをしたことも。要するに、彼の心を僅かでも察していながら、それを跳ね除けてまで自身の願いを通したにも関わらずの為体だったので、余計に情けなくて堪らなかったのだ。そんな彼女の悔悟の情を読み取ったのか、閣下は小さくため息をつくと、厳かな、しかしその一方で、今にも息を引き取りそうな小さな生物の、その尊厳を守るかの如く、静かな、憐憫の込められた声色で説いてやった。

 

「貴様は――いや日向、お前は。私を食っておきながら、人の部分を残し過ぎている。人のままでは國は守れず、國を守れるのは兵器である。これは紛れもない事実だ。そして、兵器となる覚悟も必要だが、同時に人として生還しなくてはならず、自らの兵器たるところで、自らの人たるところを守る必要がある。人であることを厭わず、人であることに飲まれるな、日向。人であることを誇り、そして使いこなせ。お前は今、兵器たる己に隠れ、人たる弱さから目を背けている腑抜け兵だ。皆が言う腑抜けとは、そういうことだ」


 日向は、自分が人を辞めた時の空の色を思い出す。それはこの世の終わりのような、焦熱地獄の炎が夜空まで焼き尽くした、果てしなく続く赤黒い闇である。その闇の下で、日向と閣下は、ある契りを結んだのである。たった一つの願いを叶えるためだけに人の道を外し、死ぬはずだった自らの運命を、強引に書き換えた。彼女の死喰兵としての永い人生は、その罪を贖うようなものなのだ。それにさえ背く半端者が今の自分自身であると、日向は自覚していた。


「……すみません」

「詫びたいと考えるなら行動で示せ。貴様ももう子供ではないのだ、わかるな?」

「は、はい」

「良し。ではまた後ほど」


 項垂れる日向の心を慮ったのだろうか、閣下は厳しくも、上官としての熱を以て返す。日向はそんな彼に下唇を噛みながらも、恭しく敬礼をして応えて見せるのだった。

 閣下はそれを見て特に顔色を変えるでもなく、彼女の部屋を出て行く。他の隊員とは違い、去り際に微かに香るはずの悍ましい殺戮者の匂いがしないことに、彼は何故か小さくため息を溢す。それは不満からくるものではなく、安堵からくるものだった。

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